内田樹『下流志向』で僕の人生は変わった

下流志向

僕の人生の「師」

僕には目標とするブロガーがいる。それは、思想家の内田樹さんだ。

「え、内田樹はブロガーじゃないよ、作家だよ」と思う人もいるかもしれない。確かに、彼は100冊近い著書がある大作家だ。

だが、それらの本のうちの約半数は、ブログ記事を転載して形にしたものである。内田さんが50代でようやく有名になったきっかけも、ブログを作ったからだとどこかに書かれていた。最近は記事の更新頻度がめっきり減ったが、言論のベースをブログに置いていることは間違いないだろう。よって、彼はブロガーだということで話を進めさせてほしい。

僕は、自分の父親世代にあたる内田樹という人物の考え方に、非常に大きな影響を受けて生きてきたのだ。

 

中野駅のホームで「内田樹」と目があった

中野駅

僕が「内田樹」に出会ったのは、今から10年前だ。当時、僕はテレビ業界で働き始めたばかりのヒヨッコ編集マンだった。ある日、早朝からの仕事を終えクタクタだった僕は、中野駅のホームに設置してあった「本の自販機」の中の一冊に目が釘付けになった。

『下流志向』という本だ。

その頃はほとんど本なんて読まなかったのに、なぜか僕は『下流志向』を衝動買いした。タイトルにビビッときたんだと思う。「自分は下流を目指しているんではないか?」と無意識で考えていたのかもしれない。「自分は一生貧乏かもしれない」「このままじゃやばい」という危機感があったのだと思う。

その頃の僕の夢は「映画監督」だった。芸術家という生き方に憧れていたのだ。だから、それなりの大学を出たのに就活しなかった。そして、いつか映画監督になるためにテレビ業界に入り、非正規雇用で不安定な生活を始めた。

【起業物語1】なぜ僕はテレビ業界に入ったのか?

2017.05.14

今考えると、かなり無謀な人生設計だったと思う。映画監督として飯が食える人なんて、万に一人もいないのに。でも、僕は真剣だった。

駆け出しの頃は、ほとんど仕事がなかった。お金がなかったので、よく電気やガスが止まった。水道料金は滞納してもなかなか止まらないことを知った。アパートの家賃を滞納して実家の両親に連絡が行き、こっぴどく叱られたこともある。

そんな調子だったので、『下流志向』というタイトルは20代前半の僕にとって、非常にタイムリーだったというわけだ。

『下流志向』を衝動買いした僕は、アパートに帰ると徹夜で一気読みした。翌日も仕事だったのでそんなつもりはなかったのだが、内容があまりにも面白かったのだ。そこに書かれていたのは、「学びから逃走する子供たち」と「労働から逃走する若者たち」の話だ。

下流志向の内容

✔︎日本が豊かになったので、子供たちは学ばなくなり、若者たちは働かなくなった。
✔︎子供たちは無意識のうちにお互いの学力を下げる努力をしている。
✔︎学ばない限り上流階層には行けない。
✔︎下流階層の人たちは学ばないので、一生下流階層に釘付けされる。
✔︎このままだと格差がめっちゃ広がる。日本ヤバい。

こういうことが書かれていた。

当時の僕には半分くらいしか理解できなかったと思うが、「この本書いた人すげー!」と感じたのは確かだ。自分が無意識で感じていたことをえぐり出された気がしたのだ。

とにかく、僕は「内田樹」に衝撃を受けた。それからというもの、僕は「タツラー(内田樹ファンの総称)」として内田さんの著書を読み漁った。新刊が出ると、頑張って全部買い揃えた。過去の著作は図書館で借り、心に響いた本は購入した。そうやって10年ほど過ごしてきたので、僕の物の見方・考え方はかなり内田色に染まっている。

 

僕が内田樹から学んだこと

読書

内田さんから学んだことは本当にたくさんあるが、ここでは特に大切だと思うことをふたつだけ簡単にご紹介したい。

 

①常識を信じるな

僕たちは常識というものに縛られて生きている。けれど、常識に居着いている限り幸せになることはできない。内田さんは合気道六段の武道家でもあるが、武道的に「居着き」は「死」を意味する。つまり、すぐ敵に斬られてしまうということだ。

いい大学をでなければ幸せになれない。いい会社に就職しなければ幸せになれない。運命の女性と出会わなければ幸せになれない。マイホームを買わなければ幸せにはなれない。そういうのは全部「居着き」だ。そういった常識が僕たちを不幸にしているのだと、僕は彼から学んだ。

 

②学べ

ほとんどの日本人は、大学を卒業した時点で学びを止めてしまう。社会にでてから年に数冊も本を読まない人なんてザラだ。かつては僕もそんな人間だった。でも、それではイカンのだ。何事も学ばない限り、人生が好転するということはありえない。本当に人生を変えたいなら「学ぶ」しかない。これは僕が身を以て体験してきたことだ。

 

内田樹が唯一教えてくれなかったこと

このように、僕は内田樹の考え方に非常に影響を受けて生きてきた。長時間労働が辛くても、パワハラ上司に殴られても、割と機嫌よくやってこれたのは、常識に縛られず自分の感性にしたがってきたからだ。真っ当に結婚して、父親になることができたのも、彼のおかげだと思っている。

しかし、内田さんが唯一教えてくれなかったことがある。それは、「お金」のことだ内田さん自身は若い頃に起業の経験があるそうだが、あまりお金に興味がないのだろう。【いかに貧乏でも機嫌よく生きるか】ということを著書の中で繰り返し書いているし。僕もそれにならって、テレビマン時代は「貧乏でもいいや」と思って生きてきた。幸せはお金では買えないものだと思っていたからだ。

だが、2年前、会社をクビになってから状況が一変した。長男が生まれて3ヶ月目のある日、僕は数年間勤めた会社を放り出されてしまったのだ。

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2017.05.23

そこで、常識に縛られないポジティブな僕は、たった一人で起業することを決意した。それまで商売の経験が全くなかったにも関わらず。。。

起業当初はまったく稼ぐことができなかった。妻にも大きな苦労をかけた。「生活保護を受けようか…」なんて夫婦で相談した日もあった。内田さんが言うように、貧乏でも機嫌よく生きることは大切だ。でも、僕はもう貧乏にはこりごりしている^^;

結局、どうやってその状況を打開したかというと、「勉強」の一言に尽きる。僕は年収数億円の起業家たちから「正しい起業法」を学んだのだ。特に、マーケティングやコピーライティングについてである。集中的に学んだ期間は数カ月程度だが、そこからガンガン経営を立て直して今に至る。僕が初めての起業を諦めずに、迷わず勉強へと舵を切ることができたのは、内田さんの「学べ」というメッセージがあったおかげだと思っている。これまでたくさん内田本を読んできてホントよかったな〜と思う。

 

このブログの目的

これからこのブログに僕が書くであろう内容の大半は、内田樹の受け売りだ。それプラス、何人かの起業家たちから学んだことが、僕の思想や思考のベースになっている。

僕がこのブログを始めた目的は、半分は自分のためで、もう半分は自分を育ててくれた人たちへの恩返しのためだ。自分のためというのは、こうやって文章を書いてアウトプットするという行為は、ものすごく自分の勉強になるからだ。頭の中が整理されるし、記憶にも定着する。恩返しというのは、自分を育ててくれた内田さんや起業家たちの考え方やノウハウを、もっと世に広めていくためのお手伝いをしたいということである。

特に「学べ」というのは僕が一番伝えたいメッセージの一つだ。

学ばない人たちがとても多いのが現状だが、今の時代、学びさえすれば、会社に縛られない生活も、毎日子供と触れ合える生活も実現できる。やりがいのある事業を自分で自由に生み出すことだって可能だ。

普通のサラリーマンをしていると、あまりそういう考え方には馴染みがないかもしれない。だが、そういう世界もあるんだよ、ということを僕の視点を通してお伝えしていきたいと思う。

 

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映像制作ZOOMY VIDEO代表。テレビ制作会社をクビになったのをきっかけに、2年前にデジカメ1台で起業。当ブログでは、自分が起業で苦労・失敗した経験をもとに、知識0のサラリーマンが1年以内に月収50万以上稼ぐ起業家になる方法を発信中。