【格差社会の問題点】日本から格差をなくすためには?

格差論

日本から格差をなくす方法を考えたい

こんにちは、ずーみーです。

2017年現在、日本国民の経済格差はどんどん広がり続けています。富は勝ち組に集中し、負け組の雇用条件は切り下げられる一方です。

このまま行くと、自分の子供が大きくなった時、とても「生きづらい社会」になるのではないか?

そのことに僕は強い危機感を抱いています。僕はそんな暗い未来を子供たちに手渡したくありません。そこで今回は、日本から格差をなくす方法について考察したいと思います。

 

なぜ格差社会は生まれるのか?

星条旗

では、そもそもどうして経済格差は広がっていくのでしょうか?

それには、僕たちに刷り込まれた、あるイデオロギーが関係しています。ちょっと難しい話になるかもしれませんが、頑張ってついてきてくださいね。

僕たちは、30年前にアメリカが唱え始めた「グローバリズム」というイデオロギーの被害者なのです。

アメリカの意向を受けて、「グローバリズム」や「市場原理」というものが日本のありとあらゆる制度に導入されました。その結果、僕の大嫌いな「競争社会」が生まれたのです。僕たちが親や教師から教えられた競争社会のルールとは、つまりこういうことでした。

能力がある者、努力をした者は、それにふさわしい報酬を得る権利がある。
能力がない者、努力を怠った者は、それにふさわしい罰を受けるべきである。

いわゆる「アメとムチ」というやつです。

数値化できる格付け基準にもとづいて、人に報奨を与えたり、処罰を加えたりすれば、すべての人間は、報奨を求め、処罰を恐れて、その潜在能力を最大化するであろう。

そういう一面的な人間理解にもとづいた原理です。

そんな社会の空気を、僕らは幼い頃から当たり前と思って吸ってきた。子供の頃は学歴や偏差値で比べられ、大学を出ると就職先や年収で比べられた。だから、僕たちは能力主義・成果主義・数値主義を深く内面化した大人になりました。

格差が広がっている最大の理由。

それは、能力主義的・成果主義的な人間が日本の大多数を占めるようになってしまったからです。

 

能力主義が生み出した息苦しい世界

格差社会

能力主義が当たり前の世界で、社会的上昇を果たした人はどう考えるでしょうか?

この成功は、自分の才能と努力の結果に違いない。だから、全ての報酬は自分が受け取るべきである。努力していない人間と報酬を分かち合うなんてもってのほかだ!なぜなら、彼らは罰を受けるべきなのだから。

必ずそう考えるようになります。日本政府やメディアが30年もかけて言い触らしてきたのですから、みんながそう信じてしまうのも仕方ありません。

その結果、どんな世の中になったか?

勝ち組は、自分のためだけに富を増やし続ける。
負け組は、いつか自分も勝ち組になって富を独占してやろうと考える。

それが当たり前になりました。そういう世の中では、負け組に優しい救いの手が差し伸べられることはありません。なぜなら、それこそが彼ら全員の共有する「フェアネス」だからです。

どう考えても、勝ち組に一方的に有利なルールなのに、みんな見て見ぬふりをしている。

 

お互いを蹴落とし合う負け組たち

大阪市バス

それどころか、負け組たちはお互いを蹴落とし合うようにさえなります。

数年前、大阪で市営バスの運転手さんの年収が問題になりました。当時の市営バス運転手の平均年収は739万円。民間会社のバス運転手の平均年収より195万円も高かった。これはもらいすぎだ、と言い出した政治家がいました。市営バス運転手は既得権益をむさぼるワルモノである、と。そして、それに同調したマスメディアが、連日祭りのように騒ぎ立てました。

その結果どうなったと思いますか?

市営バス運転手さんの給与は、なんと “4割” もカットされてしまったそうです。

この報道を見て、日本国民の多くは喝采を送りました。ワルモノがやっつけられてよかったね、と。きっと明日は我が身なのにもかかわらず。なんだか救いがない話ですね。

このように、能力主義的な世界観を背景にして、今も格差は加速度的に広がり続けています。

 

「能力」とは何か?

手繋ぎ

でも僕は、彼らの考え方は間違っていると思う。

なぜなら、彼らが自分たちの報酬の論拠としている「能力」や「努力」への考え方そのものが根本的におかしいと思うからです。

そもそも、「能力」や「努力(できる能力)」というのは、先天的なものです。「背が高い」とか「視力がよい」と「鼻がきく」というのと同じ。天からの贈り物です。つまり、人類共通の財産なのです。

だから、自分だけで独占してはならない。

背が高い人は、高いところにあるものを手の届かない人のために取ってあげる。
眼がいい人は、嵐の接近や「陸地が見えた」ことをいちはやく知らせる。
鼻がきく人は、火事の発生に気づいて警鐘を鳴らす。

全員がそんな風に自分の能力を使うようになれば、とても居心地がいい世の中になると思いませんか?

才能や努力で成功をつかんだ人は、まだ成功していない人たちを優しく引っ張り上げてあげる。なぜなら、その才能や努力はたまたま天が与えてくれたもの。自分だけの所有物ではないのだから。

これが、僕の考える「フェアネス」です。

 

日本から格差をなくす方法とは?

けれども、僕のような考え方の人間は、かなり少数派みたいですね。

現実に目を向けると、会社という共同体の中でさえ、自分の能力は、自分の出世のためだけに使う。たとえ同僚といえども、潜在的には「敵」と同じ。銃弾は前からも飛んでくれば、後ろからも飛んでくる。戦場で負傷した者は容赦なく見捨てられる。なぜなら、それが「自己責任」だからです。そして、全員がそれを当たり前だと思っている。悲しいことです。。。

僕は、こんな世の中にはっきり「NO」と言いたい。

では、日本から格差をなくし、フェアネスを実現するためにはどうすればいいのか?それには、能力主義的な価値観から脱した先行者が、後続者を優しく引っ張り上げてあげるしかありません。

僕がこのブログを始めたのは、そういう思いからなのです。

 

追記

この記事で書いた「負け組はお互いを蹴落とし合う」という現場を目撃したので、ブログに書きました。僕がしたことを「偽善」と言う人もいるかもしれませんが、信念を持ってやってます。

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映像制作ZOOMY VIDEO代表。テレビ制作会社をクビになったのをきっかけに、2年前にデジカメ1台で起業。当ブログでは、自分が起業で苦労・失敗した経験をもとに、知識0のサラリーマンが1年以内に月収50万以上稼ぐ起業家になる方法を発信中。